1961年、に岡谷合唱団指揮者の渡辺功氏の勧めで入団、以後パートリーダー、技術部長を歴任。1981年、関屋晋氏を常任指揮者に招くと同時に岡谷合唱団の団内指揮者となる。2001年関屋晋氏の退任ののち岡谷合唱団の正指揮者となる。声楽を吉江忠男、久米聖一、指揮を渡辺功、関屋晋の各氏に師事。
 1989年、岡谷市文化会館カノラホール開館記念『第九特別演奏会』の合唱指揮を勤めたことをきっかけに、渡辺暁雄追悼演奏会『フォーレ・レクイエム』、カノラ芸術祭の第1回『第九演奏会』から第8回オペラ『御柱』の公演まで技術スタッフとして地域の音楽活動に傾注している。
 1988年、晋友会合唱団の一員として、小沢征爾指揮、ベルリンフィルによる定期、翌年、大晦日コンサートに出演、衛星放送により日本にも生中継された。1994年、P‐シュライヤーの指揮でバッハの『マタイ受難曲』全国五カ所におけるツァーに参加出演、1995年、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)主催のチャリティーコンサート《ヴェルティ・レクイエム特別演奏会》パリ、ベルリン公演に参加。
サイトウ・キネン・フェスティバルでは1993年のオペラ『火刑台上のジャンヌダルク』で民衆役、1994年の『ヴェルティ・レクイエム』、西暦2000年を記念しての冬季特別コンサートのマーラー第2番「復活」、2002年「1000人の合唱《第9》」に技術スタッフとして参加出演。2015年『セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)』の「マエストロ・オザワ80歳バスデー・コンサート」京都二条城における「ベートーヴェン第九演奏会」にOMF合唱団の一員で参加。
 現在、岡谷合唱団指揮者、コーラスみずべ指揮者、オペラ「御柱」実行委員、おかや音楽協会監事を務める。

指揮と歌と

指揮者は頭脳労働者というが、汗まみれで指揮する様は肉体労働者である。
日本歌曲、特に信時潔の歌曲を勉強中である。これは「タウベン・ポスト」演奏会の1シーン

1982年12月 ブダペスト・マティアス教会演奏会で振る。
1995年、ベルリン野外コンサート場<ヴァルトビューネ>で




















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